【声明】袴田さんに一日も早く無罪判決を。再審法の改正を急げ
袴田巖さんへの再審開始決定が東京高裁で出された1週間後、検察が特別抗告できる最終日の2023年3月20日午後4時半ころ、東京高検が最高裁への特別抗告を断念したことが明らかになった。これで袴田さんの裁判(死刑判決)がやり直しされることが、はじめて動かないものになった。事件発生以来57年にわたる無実の訴えに、司法がようやく向き合った瞬間と言える。袴田さんが1度目の再審請求を行った1981年4月から数えて42年、2度目の請求で、静岡地裁が再審開始を決定してからも、9年の歳月が流れている。
再審請求審がこんなにも長引いたことには2つの理由がある。
検察官の不服申立ては、無用の再審妨害
一つは、再審開始決定が出ても、検察官が上級審に不服申立て(抗告)することが許されていること。検察はこれを濫用し、希薄な理由やこじつけの理由で抗告し、再審開始をひたすら妨害することを自らの仕事とみなしているかに見える。
袴田さんは、2014年の再審開始決定(静岡地裁・村山浩昭裁判長)以降、即時抗告(東京高裁)→特別抗告(最高裁)→差戻し(東京高裁)と3回もの裁判を経由して、けっきょく9年前と結論としては同じ決定に還っただけである。この9年間、村山決定によって(死刑執行を担保するための)拘置が取り消されて、巌さんが姉の秀子さんのもとで生活できたことだけが、唯一の救いである。これがなければ、名張毒ぶどう酒事件の奥西勝さんのような悲劇がもう一つ生じていたかも知れない。
袴田事件に限らず、本年2月に2度目の再審開始決定(大阪高裁・即時抗告審)が出された滋賀県の日野町事件でも、検察が特別抗告し、再審の開始がまた、先送りにされた。同じ滋賀県の湖東記念病院事件(2020年再審無罪確定)でも、検察は特別抗告したが、肝心の再審公判では有罪立証を放棄した。本番の再審裁判で有罪を主張できないのに、なんのための特別抗告だったのか、児戯にひとしい時間稼ぎである。
こうした検察の姿勢を何度も目にして、「検察は特別抗告をするな」の声が、法曹界のみならず、市民やマスコミの間からも一段と大きく拡がっている。
社説の中で、目に付いただけでも以下のような主張が目立った。
「(検察は)日野町事件でも特別抗告をした。法曹界からは『再審妨害』との批判の声があがった」(『東京新聞』3月21日社説)
欧米など先進国では検察が抗告できない仕組みを取り入れていることを紹介しつつ「日本でも裁判所の再審開始決定に対しては検察が異議を唱えられないよう仕組みを正さねばならない」(同)
個別の再審請求事案についてだけでなく、制度として検察官の上訴を禁止する立法措置が必要だということまで、すでに世論は踏み込んでいる。
「(袴田事件で)仮に特別抗告したとしても、検察に対する社会の不信を強めるだけだったろう」(『朝日新聞』3月21日社説)
このような世論こそが、特別抗告を阻止し得た力だったことは間違いない。再審開始決定に対する検察官の不服申立て(抗告)を禁止する再審法(刑事訴訟法第4編)改正に真正面から取り組むのは、今を於いてない。
再審における証拠開示の手続きを明確に
再審請求審が長引いた二つ目の原因は、検察による証拠隠しである。今回、再審開始の決め手となったのは、一審裁判が始まってから1年2か月経過して、味噌工場のタンクから「発見」された「5点の衣類」である。確定判決は、これらの衣類が袴田さんのもので、犯行時の着衣だとして、有罪証拠とした。だが「5点の衣類」発見時に捜査機関が撮影したカラー写真のネガは、弁護側の繰り返しの求めにもかかわらず検察官は「存在しない」と言明して開示を拒んできた。だが、問題のネガがは、第2次再審請求の即時抗告審になって、突然警察内部にあったとして開示された。
弁護側は、このカラー写真から、「5点の衣類」に付着した血痕の色が、味噌漬けで1年以上も経過したにしては、赤みが残っていることに疑問を持った。衣類を味噌に漬けて経過時間と色の変化に関する実験や検証が繰り返し行われた。検察も独自実験を行うなどしたが、けっきょく何度やろうと味噌漬けで1年も経過した衣類に赤みは残らないこと、つまり「5点の衣類」は発見の少し前に、味噌タンクに隠されたものであることを強く推認させた。そのとき拘置所に勾留されて裁判を受けていた袴田さんに、衣類を隠せる訳がない。それを行う機会と能力があったのは誰か?村山決定、大善決定が「捜査機関による証拠ねつ造」の疑いを指摘する所以である。
検察がネガを隠さず、遅くとも第1次再審請求(1981年)で開示していれば、袴田さんは40年も早く、今日と同じように、再審無罪が確実になっていても不思議ではない。
こうした無罪証拠隠しもまた、袴田事件だけの問題ではない。これまで再審で無罪となったケースの多くで、決め手となった「新証拠」が実は検察が当初から持っていたものであるのは、珍しいことではない。
こうしたことが起きるのは、現行の再審法(刑事訴訟法第4編)に、証拠の開示に関するルールが何もないことによる。通常の裁判では、証拠開示に関して一定のルールが設けられているが、再審には存在しない。そのため、無実を示す証拠が取り調べられず、証拠を法廷に出す、出さないの争いだけで10年、あるいはそれ以上を費やすケースもある。これもまた再審の気の遠くなるような長期化の原因の一つである。
証拠開示をめぐる不毛な争いを回避し、すべての証拠をテーブルに載せた上で公正に裁判を行うには、証拠開示の手続きを法律で明確化する以外にない。
袴田巖さんは、半世紀近くにわたる拘禁と死刑執行の恐怖にさらされる毎日の中で、独自の精神世界にたてこもるというたたかい方で生命を防衛してこられた。無罪の言い渡しだけで、司法が犯した一人の人間に対するこの大罪を許すことはできない。袴田さんの再審無罪は、再審妨害や証拠隠し・捏造まで許してきたことをいかに正し、無実の人を処罰してはならないという司法の原点に立ち帰って何をなすべきかを考える出発点である。
そのために、検察は袴田さんの再審裁判に全面協力し、無罪論告を行い、その中で袴田さんへの謝罪と自らの過ちへの反省をしめすべきである。再審法の改正を訴えてきた私たちにとって、袴田さんの再審開始確定以上に励まされたことはなかった。巌さん、秀子さん、そして弁護団に心からの尊敬と感謝を表明し、再審法の改正を最後までやりぬく決意を新たにいたします。
再審法改正をめざす市民の会 運営委員会